2度のガン
最初の甲状腺ガンから、20年もたってから、今度は肺ガンと言われました。当時はそれは、本当に意外でした。というのも、ガンになるまではあんなに好きだった肉も一切やめて、ずっと玄米菜食もしていたからです。
でも、今年7月の大阪セミナーで、川竹先生から、「がんばりすぎですよ。ビルが建つくらい色んな事業を展開されて、それは森垣さんの生き甲斐になったでしょうけど、やっぱり、体には体の都合がありますから」とおっしゃられて、ハッとしましたね。勉強不足を痛感しました。
肺ガンが分かるまでの私は、検査しなくても、玄米菜食など、やるだけはやっている、15年、18年とどうもないと。私は特別なんだと思っていましたからね。過信とおごりです。 甲田式生菜食療法に賭ける
肺に見つかったときは、三大療法を拒否して、甲田先生の生菜食療法に賭けました。でも、それは、とんでもなく大変なものでしたね。
文字通り火の通ったものは食べない。柿茶だけです、あったかいのは。あとは、すべて生。玄米の粉と生野菜のどろどろ汁500グラム、どんぶりいっぱいですね、それと大根や山芋をゴリゴリすりおろしたものなんかです。一日に全部で、980キロカロリーですから、もうそれこそ、ガリガリに痩せました。しかもその上に、断食までするんです。
ものすごい飢餓感がいつもあって、夜中に「おにぎり食べたーい」って、大声で泣き叫んだこともありました。
初めは協力的だった主人もだんだん疑心暗鬼になってしまって「ガンがもっと悪くなるぞ。殺人的な療法だ、だまされてはいかん」って。
始めて3ヶ月たったときです。いよいよ、どうにも続けられない。もうやめようと思いました。
それで甲田先生に、やめる挨拶に行こうとして電車に乗ったんですが、そうしたらとたんにひどい脂汗が出て、おなかが痛むんです。とうとう我慢できなくて、駅のトイレに駆け込むと、出るは出るは、便器が一杯になるくらい。宿便だったんですね。
そのことを先生に電話で報告しましたら、「オメデトウ」って。
それからは、出張に行っても、友達と一緒のときも、私だけは、青汁粉末や大根、長芋なんかをビニール袋に入れて持ち歩き、独りでゴリゴリ。
ガンが消えた
そんなふうにして、3年3ヶ月が経ったある日です。高熱が出たんです。原因は良く分かりません。
家族は、救急車を呼ぶとか、熱を下げなければと大騒ぎでしたけど、私は逆に、もっと熱を出してやろうとして、布団をいっぱいかぶりました。以前、熱が出た時にガン細胞が消滅すると、本で読んだことがあったからです。
熱は3、4日続いたでしょうかね。で、熱が下がって2週間くらい後に、かかりつけの病院に検査に行きました、ガンはどうなってるだろうと思って。そしたら、ガンはどこにもありませんでした。肺ガンが消えていたんです。
2度のガンを経て思うのは、たとえ最悪と思える状況でも、あとで必ずプラスになるということ。その困難があって良かったと思えるように、きっとなるということでしょう。ガンは、私の人生の最高の宝です。 |