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治ったさん

治ったさん(1)治ったさん(2)治ったさん(3)治ったさん(4)

シンガポールに住んでいた時にガンが見つかって手術し、半年後に日本に帰りましたが、日本に主治医がいないのが幸いでした。しばらくは半年に一度の検査だけで、何の治療もしないできました。

外国生活が長く、美食の日々。それに姑のことがストレスで、心からの感謝がなかなかできませんでした。そういう長年のストレスでガンになったのだと思います。

当時、ガンについてなんの知識もなかったのですが、今までと同じような食事と生活をしていたら再発すると思い、食事を改めました。そして心の平安を保ち、感謝することに努めました。
ガンになったことをありがたいと思っています。ガンにならなかったら、鼻持ちならない人間になっていたと思いますから。ガンのお陰で一生の友人ともいうべき多くの人とも出会いましたし、自分のことを後にして人のことを考えられるようになりました。

プラス思考になってきたし、体力も出てきました。若い頃より今の方が元気でよく動けます。
その上いい事は、私の病がきっかけで我が家の食生活が変わったこと。 二人の娘は結婚しましたが穀物菜食を基本にしています。病は本当に善知識です。

 

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薬は、もういい

平成6年に、主人を肺ガンで亡くしました。通夜の晩に、強烈な痛みに襲われたんです。主人の両親の介護を終えて間もなくの発病でしたから、ストレスが蓄積されていたのでしょうね。
すぐに手術を薦められましたが、せめて四十九日を済ませたくて延期してもらったところ、ガンはさらに進行していました。胃を半分位切る予定が、胆のう迄含めた全摘手術に。その時は「これで終わっちゃうのかな」と思いましたね。
2年は飲むように言われた抗ガン剤は、退院時に断りました。主人が苦しんだのを目の当たりにしていましたから。主治医も私を説得するのは無理だと思ってか、「それじゃ、胃腸薬も含めて一切の薬を止めてみますか」ということに。

体が変わっていく

体重も20キロ以上落ちてしまって、もうどうにでもなれという心境だった頃、知り合いの歯科医が紹介してくれた玄米発酵食品が転機になりました。主治医も詳しく成分を調べてくれ、これは解毒作用もあるようだし、金子さんにも大丈夫だと。東洋医学にも関心がある方でしたが、何より患者と一緒に勉強していこうという姿勢に力づけられました。
私も、子供達、孫達、そして自分のためにもう一度元気になって人生を楽しもうと目標を持てるようになったんです。
玄米発酵食品を飲み始めると、それまでのように咽に詰まったり戻したりということがなく、水様便も形になってきました。これはすごいと思って、その会社の理念にある食改善も実行してみると、体はどんどん変わってくるんですね。

すべての病気が消えていた

2人の子供を出産後、腎炎、肝炎、うつ病などで入退院を重ねてきた私が、8年後の今では、ガンはもちろん、すべての病気から解放されています。
昨年12月の検査では、ガン細胞はゼロ。手術から1年後に転勤になっていた主治医を探して、やっと再会を果たしました。
「気になってたんだけど、こんなに元気になっていたとは」と驚きながらも喜んでくれましたよ。

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ガンになった原因はストレスが最も大きいと思います。
主人が事業に失敗してからは私が家計を支えていました。しばらくして主人は脳硬塞になり、3年間の入院ののち他界しました。仕事はそれなりにおもしろかったので充実はしていましたが、その後長男が家庭内暴力と引きこもりになったのです。

仕事から帰り、息子の暴力に耐え、近所に謝りに行く毎日。娘とネコ2匹は知人を頼って避難しました。私が家を出れば、長男は見放されたと思って、後で、親子関係の修復は難しくなるとアドバイスしてくれる人がいて、頑張りました。そして、発病。
入院と同時に長男も立ち直りました。自分でなんとかしなきゃと思ったのでしょう。

ネコ2匹とのんびり

一人で頑張らないで、時にはグチをこぼしたり、趣味を楽しんだり、ストレスをためないことが大切です。
それに欲を捨てて無になること。そのために写経を始めたら、札所巡りをしたくなって板東札所を巡ってしまいました。

今は楽で、しかも楽しい仕事が見つからないので、仕事をしていません。ネコ2匹とのんびりするのが大好き。お陰でストレスがありません。ベランダで家庭菜園して、葉物は買わずに済んでいます。他にも趣味が増え、ジャズヴォーカル、ギター、旅行などを楽しんでいます。1年前から精神障害者の作業所でのボランティアも始めました。

このごろは、友人、家族から色々と相談事を受けるようになりました。旅先で、知らない人からも相談されます。大病して学んだ事が色々な方に活かされるのは本当にうれしいです。

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35年前の事ですから、抗ガン剤だったのかどうかよくわかりませんが、いろんな新薬を試されました。薬の副作用で肝機能や腎機能が著しく低下して絶対安静。ボーっとしていた記憶しかありません
手術も、体内にガーゼを残されるなどの失敗がありましたし、結局再発しました。

自然にすれば自然になる

当時は、栄養、栄養と思って、卵や乳製品、フルーツ、砂糖、チョコ、アイスなどをよく食べ、年中具合が悪く、薬や医者を求めて必死になる。だから当然、身も心も非常にストレスに弱くなった結果の発病だったと思います。

健康食品にお金をかける余裕がなかったこともありますが、「自然にすれば自然になる」と思って、玄米菜食とショウガ湿布などの手当に専念しました。
一番心掛けたことは、心と体と内臓のバランス。心身が忙しい時は内臓はお休み。だから、内臓が忙しい飲食時には、身も心もゆったりとするように気をつけました。少食にして良く噛むことも。
その結果、自然食品店を開くまでになりましたし、今もマクロビオティックや自然医学などの専門誌を毎月購読して勉強をつづけています。

ガンになる前に比べて、優越感や劣等感、対抗意識や見栄などから解放されてきたと思います。わがままはなかなか直りませんけどね(笑)。

「ねばならない」がとれてきて、シンプルに自然体でいられるようになりました。
ガンになったのは必然ですね。すべては縁で導かれたと思っています。

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小細胞肺ガンの生存率は1%ですから、一時は、1年しか生きられないとの思いもありました。
しかし、私の主治医は西洋医学の先生ではありながら、漢方にもくわしかったので、初めから手術をしないで自然治癒力を高めることで、治していこうとおっしゃいました。
そのため実に実にいろんなことをやりましたが、中でも、毎朝続けた散歩は効果があったと思います。

横浜市が一望に見渡せる丘まで登るんですが、坂道を下っての帰り道では、ガンが治ったときに、その喜びを家族にどう伝えるか、どう報告するかという、その練習をしていました。
「康子! 治ったよ」と声に出して、妻に呼びかけるんです。さらに、子供の名前を一人一人呼びながら、「お父さんは治ったよ」って、声を張り上げるんです。

そうしているとやがて、本当に治って、周囲のみんなからも祝福されている様子が目に浮かんでくる。それで今度はみんなに、「ありがとう、ありがとう」と言ってみる。
するとますます、治るという思いが顕著に強くなってきて、その気分は何とも言えないくらい爽快なんです。

そんなことがどれくらい続いたでしょうか、平成14年の12月、腫瘍マーカーが下がって、初めて、「悪性腫瘍の疑いあり」という表現が消えました。つまり、治ったわけです。
治す上で幸運だったのは、川竹さんがNHK時代に制作された『人間はなぜ治るのか』の放送を観ていたことです。

あの番組のおかげで、きっと、私のガンにも、「これで治る」というものがどこかにあると思えました。
ですから、医者が、「治りますよ」と言ってくれたとき、私はそれを素直に信じることもできたんです。

私はバカだから、医者が「治ります」と言ったから、「僕も治るんだ」って、その言葉のとおりにね。人間は気持ちが一番ですからね。

人生に偶然はない。

ガンになってとても良かったと思っていますが、特にいいことは、どんなに都合の悪いことに対しても良い解釈が出来るようになったことでしょうね。
どんなにつらいことも、自分の目の前に現れること、身にふりかかることは結果としてすべて自分に良いことだと素直に受け止められるようになりましたね。

何でも必然、何でも必要があって起こったこと、そしてどんなことでも、それが自分にとってベストなんだと思えるんです。

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水虫かと思ってたんです、最初は。ところが医者に診てもらったら、検査の必要があるっていうので、すぐに何か重い病気だとわかりました。でも、まさか皮膚ガンだとは・・・。

手術することになっていたんですが、ベッドが空くのを待っている内に、なんとなく行かなくなったんです、病院に。今になって思うと不思議。大した理由もなく行かなかったんですが、もし行っていたら、足首から切られていたかも知れませんから幸運でした。

そんな調子でしたので、ガンであることがわかっても、特に悲愴感はありませんでしたが、やっぱり一度は死を覚悟しましたね。死を覚悟して、その上で、執着を手放すこと、すべてはゼロからの出発なんだと自分に言い聞かせました。
そしてただひたすら、「毎日を楽しく幸せと感じて生活すること」だけを心掛けるようにしてきたんです。

嬉しい間違い

もうひとつ、とても幸運なことがありました。ガンが見つかった一ヵ月後に、『いのちの田圃』の存在を知ったことです。
ガンの発見は六月でしたので、七月号から申し込んだんですが、どうしたことか、創刊号から七月号まで全部送られて来たんです。
それまでの私だったら、間違いなく腹を立てていたと思います。なのに、そのときは不思議に嬉しかったです。川竹さんの書いたものを初めから全部読める。これはラッキーだって、直感的にですねぇ・・・。
というのは、それまでも何とか心の持ち方を変えようとして、いろいろなセミナーにも参加していたんですけど、どれもみんな、もう一つ心に入らなかったんです。
ところが、『いのちの田圃』は全部、「ふんふん、その通り、まったくそうよ」「私も、そう言いたいのよ」と独り言するくらいに、心から納得がいきました。

私が言葉にできないでいることを、川竹さんはすべて書いてくれている、私の心の底にありながら、自分では気づかないでいる思いも引き出してくれてるような・・・ですね。

心が変わってガンが消滅

ガンになるまでの私は、いつもただただ忙しく働いていて、その上、物の見方や考え方が未熟なため、本当にいろんなストレスにまみれていましたね。とりわけ周囲の人たちに対して、愚痴、怒り、不平不満、文句が多かったです。
たとえば会社では、「なんて分からずやの上司なの!」とか、部下には「何でこんなことが分からないの」って。
主人に対してもいつも腹を立てていましたし、ちょっとした社会の矛盾なんかにも、怒り続けていました。あれではガンになるのも当然ですね。

でも今は、愚痴を言わない、悪口を言わない、文句を言わないようにしようと努力しています。
すぐに変えるのは難しかったけれど、少しずつ、文句も愚痴も減って、反対に何事にも感謝できることがを多くなってきて・・・気がつくと、嬉しいことに、皮膚ガンだけでなく、オーリングテストで認められた、肝臓や膵臓、子宮などの六個のガンもすべて消滅していました。やっぱり大切なのは心ですね。 

今は本当にゆったりとした心で、何ごとも楽しくできるようになりました。ガンが、人生の素晴らしいターニングポイントになったわけです。ガンに感謝感謝ですね。

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第1回世界一元気ガンの患者学ワールドのビデオ

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