新連載・ガン患研あらためて自己紹介
川竹文夫(NPO法人ガンの患者学研究所代表)
第1回
私たちはNPO法人ガンの患者学研究所と申します。いかめしい名前ですが医療機関と勘違いしないで下さいね。
私たちは〈ウェラー・ザン・ウェル患者学〉を研究し実践する団体です。
ウェラー・ザン・ウェルとは、「ガンになる以前よりも、心身ともに健康で幸せ」という意味。みなさんがそんな人生を実現できるよう活動しています。
さて、そのために最も大切なことは、患者さん本人が「責任をとる」ことです。国立がんセンターも認めるとおり、ガンは生活習慣病。患者さん本人の間違った生活習慣がもとになってできた病気です。作った本人が生活習慣を徹底的に改めない限り、本当に治すことは難しい。
つまり、「責任をとる」とは、自分で作った病気は自分で治すということ。
かけがえのない自分の身体と心を粗末に扱い続けて病気を作ってしまった。そのことを身体と心に精一杯詫びながら、今後は、心底大切に扱い、たった一度の人生をキラキラと輝かせる。それが「責任をとる」ことなのです。
となれば、医者任せ、治療任せ、薬任せ……他人任せでは無理です。
今まで散々ほったらかしにしてきた身体や心を、またまた人に任せてしまうのでは、身体が泣きます。心が泣きます。
そこで私たちは、患者さん自身が心と身体を、自分で作りなおしてゆける具体的な方法をお教えしているのです。
治療機関ではないと言ったのはそういう意味です。ですからもちろん、一切の診断や治療はこれまでも行っていませんし、これからもするつもりはまったくありません。
手当ては民間療法ですが、実習会の目的は、それで治療することではありません。やり方を覚えてご自分の力で、身体を改善していく方法をお教えしているに過ぎません。
だから私たちは、社会教育機関に近いのかもしれませんね。○○スクールのような……。(『いのちの田圃(たんぼ)』95号より)
第2回
「お金儲けしてもいいの?」私たちはしばしば、こんな質問を受けます。NPOとは非営利団体のことですから、ビデオや書籍を販売し、セミナーなどで収益を上げていることを疑問に思われるのでしょう。そこで今回は、お金の話を少し。
NPO法人の活動資金は①寄付金 ②国や自治体などからの補助金 ③会費 ④事業収益の四種類でまかなうよう法律で決められています。そして私たちが利益を上げるのは④の事業収益にあたるのです。
「でも、利益を上げてなぜ非営利なの?」と、さらに疑問がふくらむかもしれません。
一般の企業なら儲かったときボーナスを増額したりしますね。けれどNPOは個人に分配することは禁止。利益は次の活動資金に回し、絶対に私腹をこやしてはいけない。これが〈非営利〉の意味です。
それでもなお、次のようにおっしゃる方もいます。「ガン患研は事業が多い。利益を上げることに熱心すぎないか」と。
日本のNPO法人の数は今、減ってきています。最大の理由は資金難です。会費など微々たるもの。欧米と違い日本では寄付も殆ど望めず、補助金も小額で運次第。というわけで三年もすれば活動不能。崇高な使命も志も虚しく宙にさまようのです。
だから私は、粗大ゴミを拾って事務所を始めた最初から、事業収益を上げることを自らに厳しく課してきました。
さらに、〈一切のスポンサーをつけない〉ことも決めたのです。二〇〇三年の『千百人集会』のとき。ある健康食品メーカーが、会場でサンプルを配ることを条件に三百万円寄付したいと言います。当時のガン患研は、切手十枚を買うにも悩むほど。でも、ここがやせ我慢のしどころと、きっぱりお断りしたのです(エヘン!)。
いついかなるときにも、百パーセント患者さんのために。いったん始めた活動は使命達成まで必ず継続。そのためには、経済的に完全な自立が絶対に必要なのです。(『いのちの田圃(たんぼ)』96号より)
第3回
先日ある支部長から、私宛に疑問が寄せられました。「ガン患研はなぜこんなに次々とイベントをやって組織を大きくしようとするのか。それを我々に手伝わせるのはどうも納得がいかない」というのです。
これはガン患研の本質に関わるとてもいい質問だと思います。
まず第一点。「なぜ次々とイベントをやって組織を大きくするのか」です。
それは、ガン患研と出会える人を一人でも増やしたいから。出会って下さる人が増えれば増えるほど、治る人も確実に増えていく。私はそう確信しているからです。
厚生労働省のデータによると、日本のガン患者は約128万人。実際は300万人もいると言われています。
けれど、ガン患研が必死で「次々と」イベントやセミナーをやっても、一年間で集められる患者さんの数は、わずか5000人程度にすぎません。299万5000人は、相も変わらず三大療法で苦しみ続け、そのうち33万人もの人が毎年確実に亡くなってゆく。元患者として、私は、こんな状況を放っておくことは到底できません。
「もっと早くガン患研を知っていれば母も助かったのに(父、妻、夫、娘、息子も)」
講演会やセミナーに参加された方から、しばしばこんな声を聞かされます。
「私は運良くガン患研を知って死なずにすんだ。でも知らない人が大多数だと思うんです」「川竹さん。ガン患研をもっともっと大きくしてください」
この言葉が、私をかり立てるのです。
支部長さん。あなたが今、ガン患研の仲間たちと一緒にウェラー・ザン・ウェルへの道を歩んでゆけるのは、ガン患研がしゃにむに大きくなってきたからです。その幸運を、今も苦しみ続けている人たちにも、分け与えてあげてくれませんか?
ガン患研を手伝うのではありません。かつてのあなたそっくりの、まだ見ぬ後輩たちのお手伝いをしてあげてほしいのです。(『いのちの田圃(たんぼ)』97号より)
第4回
ガン患研を設立したとき、私は一つの決意をしました。それは、努力をしている〈これからさん〉に対しては、たとえ今、どんなに厳しい状態にあろうと、「治る」と言い続けること。再発や転移はもちろん、末期ガンも治るのだと。私だけは、ガン患研だけは、きっぱりと言ってあげようと、自らに課したのです。
19年前、初期で見つかった私でさえ、医者は誰一人、「治る」と言ってくれませんでした。友人も職場の同僚も隣人もみんな、やがて私が亡くなるだろうと、隠しようもなく顔に書いてありました。
あのとき、泣きたいほど言ってほしかったあの言葉、けれど誰からも言ってもらえなかったあの言葉「治る」‥…と。
それを私は、きっぱりと力強く言ってあげたいのです。かつての私によく似た人たちに、どんなときにも。
すると、
「川竹さんは、人間は死なないと思っているんですか?」著名な看護師から冷笑を浴びせられたことがあります。
「治らない人がいるのに、治るとしか言わないのは詐欺だ」と怒る薬剤師もいました。
「治らないのがガンなのに」と、ガン患研の活動の動機にまで疑いの眼を向けるジャーナリストは今も後を絶ちません。
彼らのそんな反応にはもう慣れっこ。痛くも痒くもありません。
けれど患者さん本人が同じような反応を示すときは、悲しくなります。私の言葉が疑われたからではありません。
「治る」と信じ、希望に目を輝かせ、必要な努力を積み上げない限り、その人が治ることは、とても難しくなるからです。
さて、私はここに、絶大な誇りを持って一つの事実を示したいと思います。それは、無数にあるガン患者団体の中で、最も〈治ったさん〉が多いのは間違いなく、「ガン患研」だという事実です。
そうなった理由は一つ。
多くの仲間たちも私に声を合わせ、一緒に「治る、治る」と希望を語り続けてくれているからです。(『いのちの田圃(たんぼ)』98号より)
第5回
パラダイムという言葉があります。
ある時代の常識となっている考えのことで、何かの行動を起こす時、ほとんどの人はその時代のパラダイムに従って行動します。
たとえば現代ガン医療のパラダイムは、「ガンを治すためには三大療法(手術・抗ガン剤・放射線)が最も有効」というものです。だから、ほぼ百パーセントの人が少なくとも最初は、三大療法を受けています。それが常識だから……。
しかし、今、このパラダイムは大きく揺らぎ始めています。三大療法では一向に治らないことに、敏感な患者さんたちが次第に気づき始め、心ある医師たちもそれを素直に認めるようになってきたからです。
治せない三大療法を捨てて、代替療法に転身する医師も加速度的に増えています。
先日私は、看護師さんたちの勉強会で講演をしました。いつものように氷山の図を描き、ガンは生活習慣病であること、原因を取り除けば末期ガンも治ること、それどころかガンになる以前にもまして心身共に健康で幸せな人生が実現できることを話しました。
じつは6年前にも、別な場所で看護師さんたちに講演をしたことがあります。そのときと話の内容は基本的に変わっていません。けれど反応は雲泥の差。以前は、会場が怒りで揺れていました。けれど今回は、温かい共感が伝わってきました。
「私たちが知っているガン患者さんの世界と全く違う明るい現実があることに気づいて本当に驚いています」と。
さらに自分の病院で『すべては、あなたが治るため』を配りたいとまで。
私はこのとき、いよいよガン医療のパラダイムに、大転換が起こるだろうことを確信しました。
間もなく、時代は大きく変わるでしょう。
ガン患研で学ぶ、あなたが、仲間たちが、〈治ったさん〉になる。そのことに よって歴史が変わるのです、間違いなく。その後押しをするために、ガン患研は存在するのです。(『いのちの田圃(たんぼ)』99号より)
ガン患研誕生物語 川竹代表が語るガン患研紹介
物語のはじまり
1990年、当時44歳だった私の腎臓に、ガンが発見されました。2〜3年以内には、肺や脳に転移するだろうとの医師の言葉に、3人の小さな子供と前年に買ったマンションのローンをたっぷりと抱えた私は(35年ローン!)、すっかり途方に暮れたものです。
伝説のテレビ番組『人間はなぜ治るのか』
悩んだ末、右腎臓の全摘手術を受けましたが、再発予防にすすめられたインターフェロンは十日あまりで中止。以来、自分で治す道を求め、当時NHK のディレクターであった私は、日本国内はもとより海外にまで脚を延ばし、生還者の体験談を集めました。そして、発病から2年後。その成果を3本の1時間番組にまとめたのが、自分で言うのもなんですが・・・ 伝説の番組・教育テレビスペシャル『人間はなぜ治るのか』です。
何が伝説かって?
治ってすっかり元気になっただけでなく、ガンになる以前よりも心身共に、健康で幸せな人生を送っている元患者ばかりが次々と登場したからです。 それまでは、ガンの番組と言えば、治らない人しか登場しませんでしたから・・・。
しかも生還者たちは、再発した乳ガン、余命一週間の肝臓ガン、直径12センチの乳ガン、末期の胃ガン、一晩に2度も意識不明になるほどの膵臓ガン・・・実に様々なガンを、手術も化学療法もせずに治していたからです。 「たとえ今は、どんなに絶望的な状況にあろうと、人間には治る力がある」。 そのことを、彼等が力強く身をもって訴えてくれたことが、大きな希望につながったのです。
放送後、何日もNHKの電話は鳴りやみませんでした。
ああ、逆効果!
さらに2年後、番組に大幅な追加取材をし『幸せはガンがくれた』を出版。 その頃から、患者さんの相談電話が徐々に増えてきました。
そこで私は、当時まだ少なかったホームページに注目。 「同じような質問が多いので、そこに基本的な考えを書いておけば、相談の電話が減るだろう」 と考、早速、妻に頼んで作ってもらいました。が・・・もうすでにお分かりの様に、これは見事に逆効果。 電話は一気に増え・・・こんなに困っている人がいるのならと、今度は講演会を企画開催し・・・ ますます相談の電話が増え・・・気が付けばとうとう、ガン患研設立となったわけです。
勇気と希望の『千百人集会』
2003年、世界初のイベント『千百人集会』を開催し大成功を収めました。闘病中のガン患者さん1000人と、ガンを治してすっかり元気になった元患者さん124人が集まり、2日間に渡って徹底的に体験の交流を行う、勇気と希望に満ちたものでした。
治った人たちの顔ぶれのごく一部を紹介すると・・・。
・五期の大腸ガンと膀胱ガンを、玄米菜食とウォーキングで消失させた男性。
・心臓停止になるほどの末期の卵巣ガンから生還した女性。
・大腸から肝臓、肺に転移をした四期のガンを食事療法で消滅させた男性。
・四期の悪性リンパ腫を、玄米菜食や手当てで治した女性。
・肺、腎臓、大腸、骨にも転移した子宮ガンを、玄米菜食と瞑想で完治させた女性。
・前立腺ガンが肝臓と全身の骨に転移しながら、すべて消滅させた男性。
命のよみがえる力の見事さ、素晴らしさは本当に感動もの。 企画した私自身の想像をもはるかに超えるものでした。
そして、今・・・
2001年に創刊した月刊誌『いのちの田圃(たんぼ)』を死に物狂いで執筆してきましたが、今年(2009年)の4月には100号を迎えました。私たちがサポートする『いのちの田圃(たんぼ)の会』は全国各地に支部が誕生し、ウェラー・ザン・ウェルを目指してたくさんの会員さんが、励まし合い、学び合っています。
また、2006年には、患者と医療者が共に治った患者に学ぶ「ウェラー・ザン・ウェル学会」が設立され、「ウェラー・ザン・ウェル」の考え方が大きく広まっていこうとしています。
ガンをはじめとする病気や様々な挫折は、幸せな新しい人生の前触れなのです。希望を捨てず、一緒にがんばりましょう。たくさんの仲間が待っています!
ウェラー・ザン・ウェルとは → こちらをご覧下さい。





